2006年12月15日

かつての工房

まるとさんのblog「イワテライフ日記」の今日(15日)の記事に、かつての工房の姿が写っていた。一番下の写真がそれ。こうしてネット上に掲載されると、あらためてあそこを離れたと実感してしまう。事務所入り口横の壁に、事務所名を刻んだ看板が埋め込んであった。これは建築工事として作ったもので、竣工した当時から設置されている。で、事務所名の上に綴られている「ASSOCIATED」って単語が「ASSOCATED」ってなってた。要は「I」が無い訳で、よく「(設計内容に)愛(I)が無いですよ〜」と冗談で話していたものだった...(^。^;

学生時代、就職を前提に下働きに来た時は、まだ木造の古い事務所の時で、その横で今のRCの事務所が建設中だったのを覚えている。明けてその年の春から11年、あそこを工房として色々と勉強させてもらった。離れてから2年。独立して自分の事務所を構えている今、あの建物の設計事務所としての用途は13年程だったのだなと思い返している。今後は一部増築をして病院の建物として存続するとの話を聞いたのは2ヶ月ほど前の事だった...。

今は、事務所を構える場所を移して営みを続けているようだけど、その連絡さえ無い。離職以来続いている争い事も終息する気配も見せない。まるとさんはこう綴られている、

イワテライフ日記
   競争社会では努力を怠れば、退場を迫られる。
   だから、僕らもある時期までは自分の価値を高めて、生きていこうとする。
   退場が決まったときは、潔く身を引くことが大事。

身を引く、世代を代える、そのタイミングを逃すと、全ての歯車が狂いはじめてくるというのが実感してよくわかる。すり減った歯車で動かしていても、満足な動きは不可能だという事か...。まるとさんは続けてこう綴られている、

イワテライフ日記
   住んでいる町が活性化するために大事にすべきことの見極めは難しい。
   でも間違わないようにしたいところ。
   あなたはわかりますよね?

私個人では、町の活性化などという大それた事は出来ないのは良くわかっているつもり。ただ、世代を継ぐ「新しい血」でありたいと思っている。建築設計業務というのは、町並みや、人が住まう空間を作り上げるという重大な命題の答えを求めるのが本来の目的。吹けば消えてしまう泡は元から必要とされていない。「建築家」などと自ら「家」を冠して芸術家気取りをするのは、バブル時代的な考え。かつての栄光を懐かしんで引きずっていては、とうてい先には進めない。

一人で歩きはじめた今、はたして11年後には私はどうなっているのだろうか?などと、ふと思ってしまうのはまだ早いかな?うん、早いな。ガンバレ<自分(^。^)